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2009/01/15「強運のみの人生」

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[強運のみの人生]

私は子供の頃から、大変な運を持っていた。何回も危ない目にあいながら無事生還してきた。例えば、3才くらいだったかな。荷台にいっぱい積んだ大ハ車の上に私が乗っていた。オヤジとオフクロが足場の悪い下り坂を舵を取りながら降りていった。その時、車輪が大きめの石の上にぶつかり、その拍子に私は上から前に落ちていった。その私の上を大ハ車がひいたのである。1トンも積んだ重さがありオヤジはひき殺したと思ったそうだ。だが、幸運にも一番柔らかい腹の上を通り過ぎ泣きもせずにいたらしい。腹以外の場所、例えば頭の上とか骨の上とかだとゾッとする話であった。消防署の二階から頭から落ちた時もヒビだけで終った。又、山の高い木の上から落ちたり。又こんな事もあった。マスターズの帰りサンフランシスコの上空で車輪が作動しないという赤いランプが出た。機長の話しの後でスッチーがワンワン泣くし、隣で弟の建夫が「19才か短かったよォ」というし滑走路では、化学消防隊とかポリスその他大変だったらしい。結局滑走路にオイルとかをまいて、着陸の衝撃をやわらげようとしていた。そして機長が今からトライするの一言で海面すれすれにおりていって無事成功した。それまでの時間のたつのがおそい事おそい事。本当嫌だった。

でもさすがアメリカだね。着いたとたんに、ウェルカム トゥ サンフランシスコだもんネ!又。フェラーリで名神を走っていた時、大スピンをし「やってしまった」と思い必死でハンドルにしがみつき、いつドカーンとぶつかるかと思っていたら何と高速バスの通路にスピンしながら道どうりに入っていって止った。100km以上も出てたしキモを冷やしたものだ。それにしてもあんな事あるのかナァ!!

何といっても高校野球の時だ。秋の四国大会で海南高校は3位だった。従来までだと二位までしか甲子園に行けなかったのにこの時から三位までに急キョ決った。そして甲子園に出場し初出場、初優勝。こんな事は中々ないものである。そのお陰でプロ野球に入団出来たしそしてゴルフに出合った。そして生まれて初めてゴルフを通じ、努力という言葉に出合えたものだ。好きこそものの上手なれ″だね。今までは自分の力でなく神様の力によって生かされ、運をいただいていたと思う。これからは自分の力で運をつかみとって行きたい。運を動かすことが出来る選手。これが、超一流の運動選手である。

   尾崎将司

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