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2007/08/01「他人の法則」

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[他人の法則]

人は男と女、動物は牡と牝の生物学的要素から成り立っている。しかしながら他人になってくると同種類の動物でもなかなかうまくいかない。特にオス同士というのは問題が生じる。人間の世界でも全く同じ事である。がしかし、他の動物と違って他人とうまくやっていかないと社会が成立しない。横のつながりの大切さは言うまでもない。こういう事を私が言うのもおかしな話であるが、私は若い頃は「人は人、我は我なり。とにかくに我行く道を我は行くなり」この武者小路実篤の詩のごとく生きてきたものだ。横のつながりもごく一部の人間だけだった。

又、自分と他人を比較することがいろいろと問題が出てくる。だから私はゴルフ以外は他人と比較しない事にしている。しかし人というものは、次の様な慢が生まれてくる。例えば、自分より劣った者に対しては自分がすぐれていると思い、自分と対等な者に対しては同等と思う事、これは慢という。自分と同等のものに対しては自分の方がすぐれていると思い、自分よりすぐれた者に対しては同等と思うこと、これは過慢という。自分よりすぐれた者に対してまったく逆に、自分の方がすぐれていると錯覚する事を慢過慢という。自分よりはるかすぐれた者に対して、自分は少しだけ劣っていると思うこと、これを卑慢という。この様に他人と比較することによっていろいろな慢が生まれるのだ。と書いてある。だからどんなにしても他人とは切っても切れないのである。世間でも親の競い合い、子供を自慢しあい、地位を競い合い、家の大きさ、車、旅行、いろいろと他人と比較しあう低レベルの人が多い。高レベルの人は、他人によって生かされている、だから他人の存在をもっと思いやる事を考えて生きている。

人に良くする事は、自分を良くする事になり、何でもない事への思い込みとかいう他人との垣根は自分自身が作っているもの、もっと心を開かねばならない。そうする事によって、よく言われている「悲しみは二人で分けると半分になり、喜びは二人で分けると2倍になる」と。しかし他人の悲しみに同情するのはたやすいが、他人の幸福を素直に喜んでやる事はなかなか出来ないものだ。ゴルフのトーナメントでも、争っている選手がミスをすると、心の中で「ヨシ」と思いながら同情している様な振りふりをする。又、ナイスプレーをされると、心の中で「ヤベー」と思いながら「ナイスバーディ」と中途半パに言ってしまう。人の不幸を喜び、人の幸せをうらやむ、普通日本人はこんなもんだ。大体、人は自分中心にしか考えられず、自分のミスはおいといて、他人のミスは許さない。これを自分中心に考えず、自分もミスするから他人のミスも許せる。と、こういきたいものだ。今回は私の理想としない理想を書いてみたけど、何か普通の教師になったみたいで、又、らしくないので嫌ダ!!

尾崎将司

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