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2007/03/12「比叡山」

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[比叡山]

比叡山と言えば、歴史の好きな私はまず織田信長の比叡山焼き打ちを思いうかべる。信長のカリスマ性と日本人離れした独創性はもし本能寺で死んでいなかったら日本そのものが大きく変っていただろうと思っている。海外貿易による文化交流とかで想像以上の発展をとげ、早くから世界の舞台に日本は入っていただろうと推測される。しかし残念ながら神仏と戦っては勝ち目はなく、罪を受けたのだろう。この聖地の飯室谷に酒井大闍梨様がいる。千日回峰行を二度もやった大変な人であり、まさに生き神と言われている。この千日回峰行は延べ7年間にわたり行われるものであり、大変な行である。毎朝午前2時に起きて40kmぐらいの決められた場所に行ってお経を読み、午前10時頃までかかるらしい。時には走って回ったりしている大変な健脚である。そしてこの千日が終れば最後の行が待っている。それは堂入りといって9日間不眠不休のすごい行である。千日回峰行の時は白装束に身をやつし腰には短剣をさし、もし途中挫折すればこの刀で自害しなければならない程の究極の行でもある。

私はこの酒井大阿闍梨様とは何度もお目にかかっている。私の部屋にある不動明王の仏像も酒井大阿闍梨様に念を入れてもらっているし。ビデオテープの300ヤードの冒険者のタイトルも大きな字で書いていただいたし、大変御厚意を受けている。私が飯室谷に行くと二人だけの護摩を焚いて頂いている。私も真心でうけ、真冬の冷たい石の上に正座し集中していたものである。その結果、おしりを冷やしすぎて坐骨神経痛になってしまった。普通に座っていればいいものを!!まあ遅かれ早かれこの坐骨神経痛になっていたと思うし、すべて自分のせいであり、不徳のいたす所でもある。

又こんなこともあった。何と酒井大阿闍梨様がマスターズに私の応援に来て下さったのだ。その時千日回峰行の時、肌身離さず持って歩いた「立命加持護身法作法」という大切なものをいただき、恐縮のあまり涙が出てきた。本当に我家の家宝である。酒井大阿闍梨様も若い時の苦労と挫折で仏門に身をおき、苦行を自ら行っている。人間神様になれないけど厳粛なる行動を持って、日々すごしていれば必ず神様が見守ってくれると思うし、私自身もこういった行に比べれば足元にもおよばないけれど、自分の信じた道をしっかり歩いて行きたい。

尾崎将司

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